3学期の休養を経て迎えた春
前回の記事では、3学期は1日も学校へ行かず、家で勉強したりゆっくり休んでエネルギーを貯めていたという話をしました。
そして春休みが終わり、いよいよ4月。
2年生への進級と同時に、娘は開校したばかりの新設校へ通うことになりました。
今回は、完全不登校だった娘がどうやって学校へ復帰したのか、そのきっかけと経過、そして現在の様子についてお話しします。
期待と不安が入り混じった春休み
3学期から春休みにかけて、娘は「新しい学校楽しみだな、行きたいな」と前向きなことを言うこともあれば、「行けるかなぁ…どうかなぁ」と不安げな様子を見せることもありました。
自分でも行けるかどうかわからない、期待と不安が入り混じったような状態でした。
親としても、「新しい学校になれば環境がリセットされて行けるようになるかも」という期待と、「やっぱりこのまま引き続き行けないかも」という不安があり、本当にどっちに転ぶかわからない、不安と期待が入り混じった複雑な気持ちで新学期を迎えました。
緊張の始業式
そして迎えた始業式当日。
パパと娘の二人で学校へ向かいました。(ここからは後で夫に聞いた話です)
学校に着いても、泣いたり「行かない」と拒否したりすることはありませんでした。
ただ、パパと繋いだ手をなかなか離そうとしなかったそうです。
それでも最後は、玄関に立っていた案内の先生に引き継ぐ形で手を離し、パパが「じゃあバイバイ」と離れても追いかけてくることはありませんでした。
新しい学校なので校舎の勝手もわからず不安だったと思いますが、先生の誘導のおかげで、嫌だという気持ちが大きくなる前にスーッと学校の中へ入っていくことができたようです。これは非常にラッキーでした。
その日は午前中で終わり。元気に帰宅した娘は「楽しかった!」と言っており、初日は泣かずに無事クリアすることができました。
不安定な1週間と、突然のインフルエンザ
翌日からも、パパと一緒に登校する日々が続きました。
学校に着くと緊張するのか、「ちょっと行きたくないな」という雰囲気を出すこともありましたが、泣いて騒ぐことはなく入り口の先生にうまく引き継いでもらって登校できていました。
ただ、金曜日の朝だけは少しグダグダしてしまいました。
その日は家を出るのが遅くなってしまい、学校の入り口にお友達などの姿があまりなかったせいか、パパとバイバイするのが不安になってしまったようです。
泣きそうになってなかなか離れられなかったのですが、ちょうどサポートの先生がいてくださり、なんとか引き継いで教室へ行くことができました。
実はこの日、帰宅後に「頭が痛い」と言うので熱を測ると37.7度あり、病院に行くとインフルエンザと判明しました。
朝の行き渋りは体調不良のせいもあったのかもしれません。
休み明けの不安と、担任の先生との出会い
新学期が始まって1週間、ただでさえ緊張の中通っていたのに、ここでインフルエンザにかかり1週間ほど休むことになってしまいました。
「せっかく行けていたのに、この長期休み明けに行けなくなったらどうしよう…」 私はかなり緊張していましたが、なんと休み明けも普通に学校へ行くことができたのです!
これには本当に驚き、安心しました。
2年生になるにあたり、学校へ提出する基本情報カードに「1年生の時は不登校で、後半は全く行っていなかったこと」「本人は寂しいと言うが、本当の理由は不明であること」を書いて伝えておきました。
新しい担任の先生はそれを読んでとても気を配ってくださり、何度か電話で学校での様子を教えてくれました。
「学校で帰りたそうな雰囲気を出したり、実際に帰りたいと言ったりしていませんか?」と聞くと、先生は
「そういうことは全くないです。泣いたりもせず、学校でもとても楽しそうに過ごしていますよ」
と言ってくださいました。
担任の先生は明るくて面白い方だそうで、娘も波長が合うらしく「先生すごい面白いんだよ!」と家でもよく話してくれます。
クラスにも新しいお友達ができ、2〜3週間経つ頃には「もう大丈夫かも、馴染んでいるかも」と私も思えるようになりました。
4月後半、ついに「余裕」が見えた
4月も後半に入った23日頃、毎朝送ってくれているパパから嬉しいLINEが届きました。
いつも通り下駄箱のところまで一緒に行った時のこと。
それまでは少し緊張感があった別れ際も、その日はもう余裕な様子で「バイバイ!」と楽しそうにパパから離れ、自分から学校の中へ入っていけたとのことでした。
この頃になると、親としても「もう大丈夫そうかな、余裕も出てきたな」という実感が湧いてきて、張り詰めていた緊張が解け、大きな安心感に包まれたのを覚えています。
嘘のように馴染んだ2年生、そして現在
最初の数週間こそ緊張感がありましたが、1ヶ月も経つとすっかり学校に馴染んでいました。
ほんの1〜2ヶ月前まで完全不登校だったことが嘘のように、毎日楽しそうに学校へ行くようになりました。
その後、2年生の1年間を通して嫌がったりぐずったりすることなく通うことができました。
稀に、疲れが溜まっているのか「今日は休みたい」と言うことが年に2〜3回ありましたが、そういう時は無理させず休ませていました。
1日休んでリフレッシュすると体力も戻り、翌日からはまた普通に楽しく登校できていました。
現在、娘は3年生になりましたが、変わらず毎日元気に学校へ通っています。
3年生になってからも、「疲れたから休みたい」と言う日は年に3〜5回ほどありましたが、これもリフレッシュ休暇として休ませれば翌日にはケロッとして学校へ行きます。
1年生の時のような「ギャン泣きして毎日行きたくない」という状況は一切なくなりました。非常に安定しています。
今思う、不登校になった理由
今でも娘に「なんで1年生の時、学校行けなかったのかな?」と聞くことがありますが、本人も「よくわからない」と言います。
いじめがあったわけでも、勉強が嫌だったわけでもないようです。
ただ、親の私が今になって思うのは、「急激な環境の変化によるキャパオーバー」だったのではないかということです。
それまでは、1学年8〜9人しかいない小規模な保育園で、のんびりと遊んで過ごしていました。
それが入学と同時に、1学年9クラス・300人近いマンモス校へ放り込まれ、毎日勉強があり、放課後は学童へ行き…。
大人数の中で、新しい環境、新しい学習、新しいルールに適応しなければならず、体力面でも精神面でも「オーバーフロー状態」になっていたのかもしれません。
その疲れやストレスが限界を超えて、「寂しい」「行きたくない」という形で爆発してしまったのかな、と今は感じています。
新しい学校は1学年3クラスと、前の学校ほど巨大ではない「ちょうど良いサイズ感」だったのも、娘には合っていたのかもしれません。 2年生、3年生と進むにつれて体力もつき、環境にも慣れ、娘なりのペースを取り戻せたのだと思います。
長いトンネルでしたが、ようやく抜けることができました。
朝、学校へ行って、午後に「ただいま!」と帰ってくる。そんな当たり前の日常が、今は本当にありがたいです。
