こんにちは、シマリスです!
今日は、私がずっと心の中に引っかかっていたこと、そして最近になって「ああ、そういうことだったのか」と感じた「気づき」について書きたいと思います。
それは「広宣流布のお役に立つ人材になる」という言葉の意味についてです。
私は子供の頃から母親にいろいろなシーンで「広宣流布のお役に立つ人材になるんだよ。」「シマリスが広宣流布のお役に立つ人材になるように祈っている。」と言われて育ちました。 でも正直なところ、私は今までこの言葉を大きく誤解していました。
以前の私:「お国のために」のような自己犠牲のイメージ
「広宣流布のお役に立つ」と聞いたとき、なんとなく私は「自己犠牲」のようなイメージを持っていました。
自分のやりたいことや自分の好きなことを我慢して、この創価学会のために、何かを我慢してでも、自分を犠牲にしてでも尽くしなさいね、と。 いわゆる戦時中に日本が言っていた「お国のために頑張れ」みたいな、義務的で苦しいイメージがありました。
もちろん、広宣流布のために尽くす人、広宣流布のために人生をかけて努力して頑張る人たちのことは「すごいな」と尊敬はしていました。 ただ、「これは私には到底できることではないな」と心のどこかで思っていたんです。 「まあ、私は自分のできる範囲で、ちょっとしたことはやろうかな。それで充分だよな」——そんな風に考えて、自分には関係ない世界だと線を引いていました。
新たな気づき:広宣流布 = 自分の完全な幸福
しかし最近、これが勘違いだったということに気がつきました。
「広宣流布のために生きる」ということは、完全にイコールで「自分の最大の幸せな生き方」なのではないか。
もう完全なイコールというか、広宣流布に生きる以外に、自分の完全な幸福っていうのはありえない。題目をあげる中でそう思い始めました。
自分が本当に幸福になりたいと思ったら、自分の仏界(仏の生命)・仏性を現わすしかない。さらにその方法、自分の仏界を現わす方法というのが、この「南無妙法蓮華経」を唱えて、自分自身を磨き、人にも勧めて、人も幸せにすること。人が幸せになり、世界が平和になっていく。周りが良くなれば、自分もますます幸せになる。
自分が真剣に題目を唱えることで、自分の潜在能力もすべて引き出されていきます。
「自分が本当にやりたいこと」というのは、なかなか頭で考えて見つけられるもの、思いつくものではありません。でも、自分でもわからないような「自分のやりたいこと」「やるべきこと」を見つけつつ、自分の能力を最大限に発揮して人を幸せにして、人から感謝されて、世界が平和になっていく。
これ以上の幸せ、これ以上の生きがい、これ以上の素晴らしい生き方があるでしょうか。
「広宣流布に生きる」「広宣流布のお役に立つ人材になる」ということは、完璧に「自分の幸福を求める道と一致する」ということだったんんだ。決して自己犠牲ではない。戦時中の日本が言っていた「お国のために」なんて言葉とは、もう全く違う、真逆の意味なのだと気づきました。
「広宣流布のため」=「最大の幸福」だと考えるようになった三つのきっかけ
私がなぜそう思うようになったのか、何か一つの大きなきっかけというよりは、真剣かつ長時間の題目をあげる中で、少しずつそう思うようになっていきました。
具体的には、大きく三つのきっかけがあります。
① 日蓮大聖人、牧口先生、戸田先生、池田先生の「地涌の菩薩」としての生き方への感動
長時間の題目をあげ、池田先生の書籍や指導、そして「御書」を真剣に読んでいく中で、大聖人、牧口先生、戸田先生、池田先生の「地涌の菩薩の生き方」「仏の振る舞い」「仏の生き方」というのが、本当に素晴らしい、本当にありがたいなと心から感じるようになりました。
不幸のどん底や、地獄の中にいる人に渾身の励ましを送って蘇生させて、自他ともに幸福になっていく。その連帯を広げていく広宣流布に尽くす生き方が、本当に素晴らしいなと思ったんです。
そして私自身も、日蓮大聖人の御書や池田先生の書籍からの励ましのおかげで、今こうやって地獄の底にいながらも希望の光をもらい、潰れないで済んでいます。本当にありがたい、なんて素晴らしい生き方なんだろうと日々感謝しています。
昔は、大聖人も池田先生もあまりにも波瀾万丈で大難の連続の人生なので、「本当に大変そうだな、辛そうだな」という大変さの印象の方が強かったんです。
しかし最近思うのは、みなさん「本当に心が強い」ということです。日蓮大聖人も、池田先生も、戸田先生も、牧口先生も、崇高な志を持たれていて、何よりその強い「仏界」の生命が開いている。困難に全くひるまず、仏の智慧を持ってすべての苦難を悠々と乗り越えられている。 「こういう境地に入れること自体が、究極の幸せなんだろうな」ということが、少しずつ理解できるようになってきました。私もそういう風になっていきたいと強く思っています。
また、大聖人も三代の師匠たちも、みんな共通して「強く、そして明るい」というのが本当に魅力的でいいなと思います。 どんな過酷な状況であっても、決して気落ちすることなく、むしろ朗らかな強さがある。日蓮大聖人が「竜の口の法難」で、まさに首を切られる直前という、普通なら絶望するような凄まじい状況であるにもかかわらず、大聖人は少しも嘆き恐れる気色なく堂々とされていて、泣いている四条金吾たちに対して「笑いなさい」と言った。
いやいやいや、首切られそうなのに笑えって。
そんな状況で笑えるかーい!と心でつっこみつつ、でもそれと同時に「これこそが究極的な幸福なんだろうな」とも思いました。仏界を現して、仏の智慧を持って、何もかもが分っているような境地。そして、どんな宿命や嵐もすべて乗り越えていく生命力が満ちあふれている状態。 これこそが本当の幸福なのかもしれない、お題目の中でそう思うようになりました。
② 公明党議員の方々の「仏法者の振る舞い」
最近、YouTubeでよく公明党の議員さんの発信を見ています。 岡本みつなりさんや、斉藤てつおさん、いさ進一さんといった方々が、本当に皆さん明るく元気で、相手が誰であれ庶民のために、平和のために言うべきことははっきりおっしゃっています。
それだけでなく、激しい誹謗中傷にさらされながらも、敵対するのではなく、「仏法者の振る舞い」をされています。
伊佐さんはよくYouTubeで「アンチの皆さんもぜひコメントください」とおっしゃっていますし、岡本さんもアンチの方々に対して「こういう理由である、こういう内容ですとご理解いただきたい」と丁寧に説明する姿に触れました。
そして特に印象的だったのが、「公明党のサブチャンネル」で見た斉藤てつおさんと亀井静香氏のエピソードです。
かつて亀井氏らが結成した「四月会」という組織は、「死学会」という意味を含んでいると聞いたことがあります。当時その話を聞いた私は、「なんて恐ろしい名前の会を作る人がいるんだ」「なんか嫌な奴、悪い奴の集まりなんだろう」と、恐ろしくて嫌なイメージしか持っていませんでした。
そんな「四月会」を作った張本人に対し、斉藤議員は誠実に真剣に対話を重ねられたそうです。その結果、YouTubeの動画の中で、亀井静香氏があんなにも穏やかな笑顔で斉藤さんと仲良さそうに話し、さらには相手を褒め、過去を反省するような言葉まで口にされていたのです。
その姿を見て、私は本当に感動し、衝撃を受けました。 「ああ、仏界(仏の生命)というのは、本当にすべての人にあるんだな」と心の底から思えた瞬間でした。
不軽菩薩(ふきょうぼさつ)のように、どんな相手であってもすべての人に仏界があるということを信じ抜き、祈り、一人ひとりと対話していく。この広宣流布の地道な作業がいかに素晴らしいことか。これこそが、本当に平和へと続く「一番地味だけど、一番確実な道」なのだと深く実感しました。
③ 「どうせ苦労するなら最高の目的のために」という合理的な納得
そして、「どうせ普通に生きてたって、苦労を避けようとして生きてたって、人生には必ず何かしらやっぱり苦労っていうのはあるんだ」という思いに至りました。
だったら、どうせ苦労するんだったら、もう広宣流布のためにしっかり悩んで苦労して動いて、そして自分の仏界を開いて、最高の幸せを掴んだ方がいい。
それも自分だけじゃなく、自分のまわりも一緒に幸せになって、自他共に幸福になっていく。みんなが幸せな方が、自分だってやっぱり幸せだよな、と。
これってすごく合理的だと思いますし、一番いい生き方なんだろうなと理解して、腑に落ちました。
今になってわかった、両親の言葉の本当の意味
私は平和な時代に生まれて、戦争や生死をさまようような病気も、本当の地獄のような状況にも遭わずに育ってきました。
戦争の話を聞いて「悲惨だな」「大変だったんだな」「本当に恐ろしいな」とは思いましたが、そこまで実感としては捉えられていませんでした。また、私なりに悩んだりしたことはありましたが、今思うと「本当の地獄の苦しみ」みたいなものは経験したことがありません。
私の両親はすごく学会活動に熱心で、「広宣流布のために生きることが大事なんだ」というようなことをよく言っていました。
うちの父親(故人)は昭和18年生まれの戦中生まれでした。父のお父さん(私の祖父)は戦争で、父が生まれる少し前に亡くなりました。そして私のおばあちゃん(父のお母さん)は女手一つで、本当に貧しくて苦しい中で苦労して父を育てたんだと思います。父自身も色んな苦労をし、子どもの頃には病気もしていたそうです。
一方の母親は、生まれた時から体が弱く、虚弱体質のような感じでした。母のお姉さんも同じような体質だったのですが、無理を重ねたことで30歳という若さで癌になり、亡くなってしまったそうです。母はそのことがきっかけで、真剣に信心するようになったという話を聞きました。
私は子どもの頃や若い頃は、「なんでそんな広宣流布のために生きていかなければいけないんだ。もっと楽しく、自分のやりたいことをやって生きていきたい」と考えるような若者でした。
しかし今ようやく、うちの両親は本当に地獄のような苦労をして、「広宣流布のために生きることが一番の幸せだ」ということに心底気づいたからこそ、私に「広宣流布のため」と言ってくれていたんだろうなと思います。
今になってようやく、両親のその心が理解できるようになりました。
今ここがスタートライン。「惰性」との戦い
今、私は「広宣流布のために真剣に頑張ろう」「広宣流布を自分の人生の軸にしていこう」と決意したところです。 やっとそれが自分の本当の幸福であり、宿命転換であり、人間革命の唯一の道であるということに気づきました。
ただ、まだ気づいただけで、ほとんど何も出来ていない状態です。本当にスタートラインに立ったところ。これからが本当の勝負だと思っています。
もちろん、毎日少しずつでも、地道にしっかりと自分ができること、やるべきことを真剣に祈りながら考えていく行動していくつもりです。今の私にできることとして、まずは座談会などの会合にしっかり出ること。毎日、身近な人の幸せ、世界の平和、すべての人の幸せ、自他共の成長を祈ること。御書や池田先生の本を読んで学び続けること。悩んでいる人の話を聞くことなど、自分のできることを一つ一つやっていきたいと思っています。
そうやって、地元の学会員の皆さんと一緒に、そして全国・全世界の同志の皆さんと一緒に、自他共に成長していきたいです。
とはいえ、私はこれまで何十年も「広宣流布なんて自分にはできるわけがない」という考え方で生きてきました。 だから、これからもきっと「やっぱり自分には無理だよな」「ちょっと大変だからやめようかな」という弱い心や、「惰性」に流されそうになる瞬間が必ず来ると確信しています。
ただ、その惰性に流されそうになった瞬間、弱い心が出てきた瞬間にこそ、またしっかり題目をあげて、先生の指導を学んで立ち上がる。 「この惰性や自分の弱い心との闘い、これこそが仏と魔の戦いなのかな」と今は思っています。
とにかく、この「惰性」が一番怖いです。惰性に流されないためにどうすればいいか、今いろいろと考えています。まだはっきりとした答えは見つかっていませんが、毎日しっかり祈り、題目を根本にして、広宣流布のために生きていきたいと思っています。
