この病は仏の御はからいか – 信心していてよかったなと思う時

ちょっとした体験談
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お久しぶりです。シマリスです。

ここ数週間、体調不良です。

というかここ2年、波がありつつ全体的に体調はよくありませんでした。

その前に子供が産まれてからのここ5年、ワンオペ育児で常に疲労状態からのちょいちょい体調不良でした。

そもそも生まれつき身体弱めらしく、子供の頃からしょっちゅう風邪ひいたり体調崩したりしてました。

いやこれいつ終わるの!

と、自分で突っ込む気力があるのでまだ大丈夫そうです。

あなたが思うより不健康です〜♪(歌ってみたかっただけ)

↑病気になったときの精神状態イメージ

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病気になると思い出す言葉

  • この病は仏の御はからいか
  • 病ある人仏になる

具合が悪いと、自然と頭にこれら二つの言葉が浮かんできます。

あと思うのは、

  • 信心しててよかった
  • 身体弱くなかったら私は信心してないだろうなあ

ということです。

病気の時ほど「信心しててよかった」と思うことはないです。

私は体調が悪いとめっきり気力も落ちて気持ちが沈みがち、「なんかもー全部どーでもい〜〜」となってしまうタイプです。

ちなみにうちの母親は私よりだいぶ身体が弱いですが精神はだいぶ強く、かなり体調が悪い時でも「くっそーふざけんな(病気に)負けてられるかー!!題目じゃあ!!オラオラぁーーー!!」という感じで、サイヤ人とか承太郎みたいなタイプです。(注:言葉使いは誇張しています。イメージはこんな感じです)

病気になったとき「信心していてよかった」と思う理由

病気で気持ちが沈んだ時に信心しててよかったと思う理由は、主に下記3つです。

  • 聖教新聞や書籍、周りの学会員の体験に励まされる
  • 題目をあげると気持ちが明るくなる・強くなる
  • 題目をあげると体調が良くなる

「聖教新聞や書籍、周りの学会員の体験に励まされる」について

うちの母親もそうですが、学会員は病気を克服したりうまく付き合ったりしている病気のプロみたいな人がたくさんいます。

具体的な病気克服体験談がしょっちゅう聖教新聞に載っているので、それを読んで「こんな大変な病気が治ったのか!まじすげえ!これくらいの体調不良で沈んでる場合じゃないな」と希望をもらえます。

池田先生が元々身体が弱かったということで、聖教新聞や書籍の中で出てくる病気の人に対しての励ましの言葉がめちゃくちゃ心に響きます。

「この病は仏の御はからいか」と「病ある人仏になる」という日蓮大聖人の言葉も、病気の人を励まそうという慈悲の心を感じます。

「病気で可哀想ですね」という空気が、御書にも聖教新聞にもないのが私はありがたいです。可哀想と言われちゃうと気分が引っ張られて「私は可哀想なのか」と沈んでしまうと思うので。

「題目をあげると気持ちが明るくなる・強くなる」について

これはほんと、何でなんでしょう。不思議です。

題目をあげると、「どよよ〜ん」とした雲に覆われていた空が少しずつ晴れていくような感じで、具合が悪くて暗く落ち込んでいた気持ちが少しずつ明るくなってきます。生命力がついてくる感覚というか、なにか力が出てくる感じでもあります。

明るい歌を歌うと気分が上がるのと少し似ている感覚かもしれません。

「題目をあげると体調が良くなる」について

題目をあげると、風邪などはだいぶ治りが早い感じがします。私は一度風邪を引くといつまでもいつまでも咳や鼻づまりが続いてしまうのですが、題目をあげると不思議と鼻が通り咳もおさまりました。

ただここ2年の体調不良はなかなかしつこく、題目も(そこそこ)あげているのですがなかなかスッキリとはよくならず。一進一退です。

病院でも何回か診てもらいましたがハッキリとした異常は見つからず。

年だからしょうがない(アラフォーです)。

多分それも大いにあるだろうと思いつつ、もうちょっと元気になりたいですよ、ねえ。

とりあえず、まだ「題目あげきってるぜ!」と言えるほどあげてないので、まずは「一日2時間」を目標に題目あげていきたいと思います。

さあ、それでどこまで健康回復するか。

このブログで時々経過報告もしていく予定です。

全国の、全世界の身体弱い系学会員の皆さま、一緒にがんばりましょう〜(ちょいちょい題目送っております)。

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